草稿 というか没原稿
■ 草稿 というか没原稿
「放棄に関する唯一の法は、愛と同じように、見返りもなく頼るものもないということだ」
その影は星々と対峙して静かだった。
燦爛たる七重の翼を貞潔に折り畳んで、いま少年は黙然と岩場に立ち尽くして夜の屋根を見つめている。寄せては返すさざなみはかれの意識に触れる寸前で、取り返しのつかない何かを恐れるように引いていく。海は偉大な老女らしく、少女のようにやさしく、そしてその内部に怪異で驚くべき秘密と、残酷な食物連鎖を蔵しながら、初々しい老獪さをたたえていた。ぽちゃん、と何処かで飛沫がはねる。そう、最初はまだ何物でもない、だが、次第次第に、天籟のような歌が、闇をしんしんと浸していく。天球の音楽と和すように、あるいは抗うように、その歌は漸く高まっていく。父親たちに犯される子供たちの絶望のように、声なき声が滅びていく美しさのように、語られたことのない森の中の一本の木が語られることもなく倒れたときの静けさのように、幸せな家族の一瞬の亀裂のまばゆいばかりのゆたかさのように、奪われつくしたものが奪われえないものをすすんで与えるときの奇妙な自由の感覚のように、その歌はきららかだった。
歌がゆるやかにやむことなく高まっていく。真夜中の虹のきらめき、遠い不在へのノスタルジアの無数の亀裂、それにつれて、少年の燦爛たる七重の翼はゆっくりと蕾のように、蛹のようにひらいていく。それにつれて少年の表情は恍惚としていく。すると、不意に、声が断ち切られた。少年は驚いた表情で顔を上げ、海面に視線を向けた。悲しげでもあり、訝しげでもあった。
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と、ここまで書いて陳腐な気がしていやになった。美文の背後の精神の骨格がない。あと、これはやはり性的なイメージでありすぎるなあ。