急に寒くなって/いきずりの恋より儚く

 急に寒くなって、ぼくは思い出すことがあった。そのときもまるで冷たい天使が抱きついてきたように木枯らしが、彼女とぼくの間に吹き込み、「隙間風が吹く」なんて縁起でもないと二人で顔を見合わせ笑った。彼女はぼくのジャンパーのポケットに手を入れて、そうしてぼくらは手をしっかりと握り合い、何者か引き離す力を勝手に想定してそれに逆らっていた。いま、考えてみたら、それは恩寵ふかく、しかも意地悪な時というものだったのだ。

 そんなことを考えながらぼくは日々大気が凍りつく、大気そのものの濃度が増していく、そんな季節の行程を生きていく。「好きだっていいなさい!」と自分も真っ赤になりながらぼくの往生際の悪い抵抗を愛した彼女の声を、いまぼくはただ、言葉、抽象、文字としてしか思い出せないということに、傷つく。

 いきずりの恋より儚く、なぜなら愛し合った時の長さは記憶された時のすべてと引き比べて計られるべきだから。そしてこんなにも長く覚えているぼくにとって、その日々は、まるで、瞬間の偶然のように。少しずつ結晶していく(クリスタリザシオン)吐息をぼくは撒き散らし、甲斐のない日々を送る。そのころのぼくらときては、けれどまるでいまこの瞬間のことをまるで、生まれつき知っていて、そのために忘れ果てた日々のためにと、恋することを急いでいたような気がしてならないのだ。

 胎児は産道の中でこれからのすべての出来事を、あらかじめ夢に見るのだと、そんな詩をどこかで耳にしたせいだろうか。枯れ葉は積み重なっていく。やむことなく、こころそのものの擬人のように。

 それさえも、ただ生きていく無数のおろかな必死の試みのひとつでしかないと知りながら。

00/10/31