黒猫を追いかける 柏屋勇

 

月夜の晩だった。冷えた指先をコートのポケットの中で握り込む。
走ってくる車がないので車道にはみだして歩いた。
月が雲間に見え隠れしてついてくる。
地上には黒猫が一匹。あとになり先になりしてついてくる。
最初はなんだか嬉しく思ったが、黒猫はいつまでたっても他所へ
行こうとしない。良く見るとそれは道の沿石で立ち上がった自分の
頭の影だった。
なあんだ、と歩きつづけると、影は近くなり遠くなりする街灯の
光にあわせてひょこひょこ動きながら私に並ぶ。
ところが、黒猫の形をした影はふいと私の体からはなれて逃げ出
した。あわてて追いかけたが、つつじの茂みに隠れたと思ったら、
もうどんなに呼んでも探しても出てこない。
首のない影を連れて家へ帰った。


ある晴れた秋の昼に黒猫を見つけた。
芝生の上で昼寝をしていたのだ。つかまえて影の肩口に括り付け
ようとした途端、黒猫は目を覚ましてまた逃げた。
黄色に変わった芝の上をするする滑るように走るのだった。
林の中に駆け入って、黒猫は落ち葉の影に潜り込んだ。
その瞬間に風が吹いて、黒猫は落ち葉と一緒に幾十もの欠片に吹
き散らされてしまった。
残った影も、ばらばらになってどこかへ飛んでいった。
影がすっかりなくなったので、もう動くことはできない。
私は空き地に横たわって空を眺めた。
視界に入る空はどこまでも青く、絶え間なく降りかかる落ち葉の
やってくる先は見えなかった。
やがて落ち葉は私を覆いつくし世界を隠してしまう。

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