2000/07/27 憂鬱を深めつつとりあえず語るしかないがそれは何処へ向くのだろうか

 絶望の世界をいちおう半分くらい読み、そして、2ちゃんねるの文体模写のスレッドを読む。そしてひどくわたしはユウウツにおかされている。語る気力がわかない。

 ひとつ。言葉がいくらでも模写されうるということ、しかも消費されて何も残らないということ。
 ふたつ。同じようなことをそれなりのレベルでいつもどこかで誰かが話しているということ。
 みっつ。望まれていることは所詮すこしのハイとすこしの愛想のよさであるということ。
 よっつ。語ることの根源的な一過性にいま吐き気をもよおしているということ。
 いつつ。語ることの空虚、ただの言葉、そしてこの言葉も模写されうるということ。
 むっつ。語り手の現実の気分など言葉からは所詮知りえないということ。

 忘れられて消費されて跡形もなくなる言葉を、自分の人格や才能や努力や歳月を消費して語っていると思うことくらい、苛立ちを深めるものは何処にもない。だから、雑文書くのはきらいなんだ。とりあえず気分的に治癒の手段は文句なしによい小説を書くことしかないということくらいわかっているので、それはそれでやるとして、ともかく、いますこし。

 絶望の世界はたしかにミステリーとしてはよくできていて、ネットフィクションというアイディアを実行に移したのは文句なく賞賛に値する。そしてネットの妙な礼儀正しさとすこしのハイとすこしの愛想のよさのうさんくささも露出させているのも見事だ。しかし、(とはいえここまで書いてきてぼくはすでにこういう評言に対するデジャヴにくるしんでいるのだが)その複雑さは同一パターンのくりかえしによってつくられるものなので、抽象的に見てみれば、退屈さもいやおうなくはらんでいる。ただ、同一の物語をさらにそれぞれの人物に語らせたり、そういう複数性はやはり可能性を非常に感じる。ただ、やはりミステリーのひとのやるメタフィクション的なしかけという感触はぬぐえない。いちばん大事なところに踏み込まずに横に滑っていく、という感触。

 ネットの文章のうさんくささのひとつは、その擬似的な対面の親密さの身振りなのだ。とくにエッセイや日記で、あたかも手紙のように、そして実際に、内密の語りであるかのように、それは語られる。わたしはそれを嫌悪する。どこかに、不在への呼びかけがないかぎり、その親密さの身振りの息苦しさは、言葉を凝固させる。独力で対峙する言葉を欲している。

 ものすごく長い文章にとつぜんでくわすことがある。ここだって長い文章ばかりだ。問題なのは、長い文章でしか表現できない人間にとって、もてなしのよさと、誘いのうまさだろうとおもう。それはやはり、危機的でどきどきさせるものであるべきであって、安心して際物を楽しむようなものではなく。魅力的な人といるときあなたは安心してはいないはずだ。

 だが、この文章さえすでにいわれたことなのだろうか。風のように消え去るのだろうか。言葉がそれ自身できちんと、成立している、ということはやはり不可欠なことだ。

 機知を誇る気になれないのはおそらくそれこそがもっともはやく風化するものだからだ。そしてそうした風化の虚無をうけいれるような意味でニヒリストになることは決してできない。かつてなく、二度とない、ものしか、欲しくはない。

 そうか、このユウウツは怠惰の罰なのだ。そう、神様の前で。思う。

 とっちらかっている。ここまで書いてきた書き出し未満たちにも責任が勝手に生じてしまっている。言葉は投げっぱなしではいけない。ぼくが愛しているのは読者で、あなたという人間全体では、ない? そのことをぼくはどのようにして確かめるのだろうか。

 持続的で危機的な営為だけが、客観的な存在を、創出できる。

 単純なことを願っているだけなのに。

 思い付きとはつねに無意識の受け売りのことだ。だから、それを自分のものへ変容させなくてはならない。それはそんなにたやすいことではない。すぐに思いつくことはつねに受け売りなのだ。

 つねにかわらぬくりかえしはひとに吐き気を誘う。その繰り返し、この世界という、言葉という、物語という壮大な繰り返しの膨大な海に、陳腐さに、あらがわなくてはならない。この考え自体も陳腐だが、いや、そのこと自体はもはやかまわない。

 千の自分がいると考えよ。かれらがいま、まったく同じことを思いつき、似たようなことを、していると考えよ。そして、その吐き気に対抗できるだけの何者かを、創造せよ。

 それしかすべはない。

 千の自分を出し抜くために。

 それにしてもどうしてなにもかもこんなに似通っていてひとつひとつはそれなりにきちんとしらべてもいて、気が利いてもいて真摯さでも遜色のない、独自の「雰囲気」(これこそが曲者なのだけれど)さえもつ文章たちが、こんなにも大量に。

 もはや祈るしか。