19

 うそばかりついていたら、いつか本当にそうなったりはしないだろうか。

 それは、ぼくの恐れなのだろうか。それとも、もしかしたら、願いなのだろうか。

*

 それからぼくは橋の下をトボトボと歩いた。

 ぼくと同じような少しずれたようなスピードで神田川が流れていた。オリンピックのニュースを聞きながらいったいこの前誰かに何かをしてあげられたのはいつだったかと思いを馳せた。しばらく行くと奇妙に捻じ曲がってヘンゼルとグレーテルのお菓子の家のパロディみたいな小屋が見えてきた。こんなところにある小屋はもともとなんだったのだろうという疑問をぼんやりと浮かばせたままで近づいていく。

 小屋の中には人の気配はなくてあいている隙間という隙間からは暗闇が漏れてきている。ぼくはゆっくりと近づいていき、こんなところで幽霊にでも出会ったら愉快だろうなとこころを浮かせようとした。

 二時半を回ったあたりで、いいかげん無駄に探し回るのはやめて帰ろうと思い始めていた。昨日の夕方にうちからいなくなった兄は靴を残してすっかり煙となって消えてしまった。ぼくは兄がいなければどんなに気が楽だろうと思い始めながら、小屋へと近づいていった。神田川で魚が跳ねる音がしてぼくはすこし肩を震わせたが怖いのではないと自分では思った。

 小屋の前にちょうど差し掛かったところで、ギイというおとがして案の定ドアが開いた。あいたドアの影には何かがいたが、角度のせいでぼくのところからは何も見えなかった。ギイというおとがしてドアはもういちど軋んで、それから皺だらけの不気味な手が伸びた。

 どなたですか、といおうと思ってぼくはじいっとドアをみていたが、するとドアがもういちどギイと鳴って、ドアにつかまるようにして老人が視界の中に現れてきた。その老人はすっかり水分を失った表情で、おちくぼんだ眼窩からのぞけた眼がじっと見つめていたのはぼくではなく、ぼくの額だった。老人は怯えたようにして、急激な動きを起こすと、ドアの前に両手で立ちはだかり、ぼくをさえぎった。なんだろうと思って、一歩踏み込むと、さらに邪魔をする。肩越しに背後の闇をのぞくと、そこにたしかに生き物の気配がしていた。

 「だ、」と問い掛けて、ぼくはア、という吐息を聞いてしまった。それは躊躇うようにゆっくりと漏れたこえだったが、なぜか生々しい存在感をはらませ、幼女の声か老女の声かどちらかでしかありえないような声だった。けれどそのことは一瞬の直感、夢の中のねじくれたイメージでしかなかったのかもしれない。ただ、ぼくはなぜかぞっとして、そのままいきなり踵を返すと、来た道を早足で戻り始めた。

 老人が、背後で何か言っていたがぼくには聞こえなかった。