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 拝啓 もう何年も手紙なんて書いたことがないような気分で便箋を埋めています。考えてみたら、あなたに年賀状や暑中見舞い以外でお手紙するのははじめてですね。なんだか照れくさくありませんか? こちらでは便箋をさがすのも一苦労です。昨日、頼んでいた日本食の食材を何種類か買い付けてきてくれた運転手のジャックがやっと首都で買い付けてきてくれたんですが、想像できますか? ジャックのやつときたらこともあろうにディズニーのまがい物のプリントのしてある横書きのやつを買ってきて、それで得意そうにしているんですよ。しようがないから、この便箋は今日の午後いっぱいかかって事務所のおくにあった印刷機でつくったやつ。よくできているとはいえないけど、あなたに急にへんな趣味をもったと誤解されてはたまりませんからね。
 同封したイラストはそのときジャックが一緒に買ってきてくれた水彩の道具で描いたホテルからのながめです。乾燥した景色に荒涼とした静けさ、ぼくも来る前はそんなイメージで絵を描く気になるなんて予想もしていなかった。でも、どうだい。真夏のこのあたりの景色は、風と雨と緑のせいで、ゆたかすぎるくらいの色彩を帯びる。ほんものを見たらあなたのことだからきっと、映画を撮ろうなんて無茶を言い出すに違いないな、そう思わずにいられませんでした。
 ほんとうに、機会があったら寄って下さい。ぼくのほうの仕事は今年いっぱい続きそうなのでどうしようもないけれど、年が明けたら、休暇が一週間くらいとれるかもしれません。去年、一緒に話していた映画もぜったいつくりたいとぼくはまだしつこく思っているんだ。斉藤はまだ音信がとれないけど、そのうちひょっこり手紙をよこすとおもうし。そうしたら、また、陰謀をめぐらそう。スルタンの機嫌もそのころには最高によくなっているはず。なにせぼくが代筆しているかれのバイオグラフィは完璧だからね。ほらばなしの才能がようやく水を得たという気分なんだ。
 あなたはまだ、意固地にひとりだちして自分だけの部屋をもとうと決めているんですか? もしそうだったら、ひとつだけいわせてください。忠告なんかしないよ。その部屋には、どうか、一年に一度でいいから、呼んでくれないかな。約束。ソレダケ。
 それでは、また手紙を書きます。

 親愛なるきみへ 喬

 敬具