そしてこんなふうに日々は流れていくのかもしれないね
6/1 そうはいっても溺れてるわけじゃなくてさ
Kさんから今日電話があった。
何かと思ったら水道管が壊れたからあがってきて修理してくれとのこと。Kさんは確かにきれいなひとだけど、ぼくはどうも苦手だ。だいたい、Kさんこそが管理人なのに、なんでぼくが修理をせにゃあならんのだ。理不尽だ。上級審への差し戻しをぼかあ要求したい。ほんと、いやな感じだ。
大いに不貞たのはいいんだけど、逆らえる立場でもないのでいそいそと階段をあがってドアをノックする。家賃さえ払えてればこんなことはない。復讐を誓いつつ、返事が返ってきてからドアがあくまでのちょっとのあいだ、服装を点検した。よし。今日もジェントルマンだ。
ドアをあけたKさんは文字通り水浸しだった。惨憺たる有様でぽたぽた滴が落ちてどうしようもない。
「は、はやく!」
指差した先は台所の奥のほうだった。なんだか物騒な屋内らしくないどぼどぼいう音がする。何事が起きたのかあとになって考えてみるとネズミで管に詰まったのではなかろうか。「げ、これだとうちまで浸水してくるな」咄嗟に思ってちょっとやる気を出したのはいいんだが、あることに気が付いて愕然とした。
「Kさん、そういや、おれ、水道、わかんないっすよ」
するとKさんは負けないくらい大きな声で、
「だから何よ、馬鹿!」
しばらくしてぼくは冷静になろう、と決めた。慌ててもいいことなんか何もない。対策には冷静さが肝心だ。水なんて減るもんじゃないし。そこで、着々と水位はあがってきてもう足首まで来ているなかで、ぼくはKさんにお茶を提案した。
Kさんはなにかぶつぶつ言っていたが、瞬く間に紅茶と菓子をでっちあげた。もう水はひざ頭ちかくまで来ていたが、アップルパイにかなうものなんかこの世にはない。
「ところで、Kさん」
「なに?」
「水道局へは電話したんですか?」
「ううん」
「何で!」
「だって、ほら」
Kさんが指した指の先、窓を見ると、そういえば今日はずっと雨だった。
「悪いじゃない」
結局ぼくが電話をしたのだが、なんか、どうも、納得がいかない。うまく説明できないんだけど、絶対、間違ってる気がする。
だいたい、水道管はまだ直っていないのだ。
いま、部屋中、水漏れのせいで皿やバケツだらけで、ぴちょんぴちん、ぼくはどうも、今夜ぐっすり眠る自信がない。
6/2 そりゃあ、義理人情だって大事だけどさ
昨日の水漏れ、まだ直ってない。
いま、三階で業者がはいって何やらしてるけど、もう夜だっていうのに、ああ、もう、憂鬱だ。なんかがんがん云ってて、今夜も眠れるのか不安だ。だいたい今日は今日でどっと疲れることがあったんだ。
大学行くと、サークルの部室にはNが朝も早いのに陣取ってて、入るなりぼくに向かって途方に暮れたような顔で、「***さん、なんてえか、ひろっちゃったんすよ」といった。そして、おもむろにカバンから一個かなりおっきな卵を取り出して見せた。「いや、拾ったって、おい。何の生物だよ、それ」というと、更に心細そうにNのやつ、「わかんないんすよ、それが」と申告した。
そこで検討に入ったのだが、鶏にしては大きすぎる。これは二人の意見が一致した。だいたい、色が変だ。ピンク色の卵って、天然ものなのか? やばい化学のあれが作用とかしてるんじゃないのか。いろいろ検討した結果、Nは恐竜説に傾いたが、ぼくとしてはそんなET−安達祐実的幻想は捨てて、世知辛い世の中の真実に立ち向かい、なんかアメーバみたいなもんが入っているという見解にたった。(振るとぴちゃぴちゃ音がするんだもんな)決め付けてやると、Nのやつ、憤然として出て行ってしまった。
後輩の癖に恩知らずだ、と思ったがすぐCが入ってきたので、うざいNのことはすぐ忘れた。CがいうにはどうもアイドルのHが明日登校して来るらしい。ぼくとCはすぐに対策を立てることとした。
夕暮れ時になってから、地下鉄の駅まで歩いていると、急にNがあらわれて、通せんぼをしてきた。
「***さんはおかしいよ」
「?」
「たまごは生命の生みの親じゃないですか」
「じゃあ育てんの?」
「そこなんです、***さん、とりあえず飲みましょう!」
「…なんだよ、それ」
連れて行かれたTという飲み屋は地下にあった。
「ぼくはね、おもうんすよ、***さん、この卵はね、Gさんの形見じゃないかって、じつは、Gさんの家の跡でこれ、見つけたんすよ。なんといおうと、ぼかあ育てますよ、二メートルにしますよ」と、どん、と胸をたたくと、ぐしゃっと、やな音がした。
どうにも、慰めようのない次第である。
6/3 ずっと眠っていたいような時だってあった
珍しく何もない一日だった。
朝からずっと眠たくて仕方がない。もう春じゃないだろうし、五月病でもないだろうに、気持ちわるいくらい眠たい。猫になったような気分だ。にゃあ。などとつぶやいてみる。
昼頃に電話したらNは家にいたが、案外元気だった。アイドルのHが登校してくるという話をしたら、ぼくは見たことあるんですよ、と自慢してきた。それはそれで和むはなしだった。Cと二人で見に行く計画だったのだが、結局彼女も来なかったらしいし、ぼくら二人も時間どおりに集まらずで、何事もおきなかった。
もう配管は直ったはずなのにあさ部屋を出るときまたKが何か大声でいっていた。用事を言いつけられないようにそのまま出てきたが、いったい何だったんだろう。明日、聞いてみよう。そう思ったのも忘れていた。
あんまり眠いので午後の授業はさぼって、丘の上の電算教室へいくことにした。小高い丘の上に電算教室はあって、これはもとはふるい旧制高校のときの校舎で、木造でおんぼろなのだが、そこをリフォームもせずにコンピューター教室として使っているのでお化け屋敷みたいなのだった。上っていく途中のベンチに、おじいさんがひとり座っていて、やってくるぼくを見つけると手を上げて挨拶してきた。見ると一年のときのせんせいだった。
しばらく話しているとAせんせいはアルバイトをしませんか、と突然おっしゃって、紙切れを渡してくれた。そういえば最近手持ちがないな、と思ったぼくはありがたくもらって、しばらくしてわかれた。妙に日差しがつよかった。
電算教室はエアコンが効いていて、そのうえ無駄にだだっぴろいので涼しい。コンピュータがおいてあるのは昔の講堂らしい。しばらくブックマークを巡回してから、やっぱり眠いので帰ることにしたのだが、その途中、なんとなく、猫が飼いたいな、と思った。
ひどく眠たい日だった。珍しく、何もなかった。
6/4 折々の花とかいってる場合じゃないし
飯田橋に今日は行ってきた。
あのあたりは変なところで、なんていうか層みたいになってる。川があって、もともとの地面があって、道路があって、歩道橋があって、首都高があって、日照権とかどうなってるのか分からないけど、大きな恐竜の化石みたいな隙間だらけでしかも骨格みたいだった。
もらった番号にかけると、面接をするからいまきてくれといわれた。小さな会社で何かの駆除をしているらしい。いってみると、いやいや、急に仕事が入っていまひとがいないんだよ、と社長のおじさんにいわれ、まだ若いYさんという女の人と、中年のいかにもごついMさんにつれられてぼくがついたのは、下水につながった飯田橋の川のなかだった。
水位は高くないので歩きにくくはない。上を見上げると車が走っている。ぼけっとしていると、ふたりはぼくに、携帯用の掃除機のようなものを渡した。三人で一列になって、首都高のせいでひときわ暗くなっているあたりに向かった。確かに、白いものが動いているのが見えた。
「あの、それで、何を駆除するんでしたっけ」
聞くと、Yさんは当然のようにいった。
「ワスレネグサよ、ほら」
いいおわらないうちに、花が暗がりから出てきた。花によく似たカマキリというのがいるけれど、ワスレナグサたちはもっと肉食獣っぽかった。花びらにはきれいな歯が植わっていて、汚水をながれるごみがそこに引っかかっていたりした。五十株くらいはいたと思う。
Mさんがちょっと振り返って「ほら」というと、向き直って、もっていた掃除機のボタンを押した。すると、明るい炎が凄い勢いで放出されて、ワスレナグサたちを燃え上がらせた。たんぱく質の燃えるいやな匂いがした。
仕事自体はけっこう単調で簡単だった。噛まれるのだけ注意しておけばいいし、保険もきくらしい。
事務所に戻ると、Yさんが、またくる? と素敵な笑みで聞いてきた。どうしようか。
バイト代は封筒で手渡しでくれた。
そういえば、今日はKさんは静かだった。
とりあえず、つかれたし、早く寝よう。
6/5 いつも代わりのものしかなかった
ディランのAll Along The Watchtowerで目がさめた。しばらくぼうっとしていた。すると、電話が鳴った。「国防省ですか?」「違います」切れてからしばらくして国防省なんてないなと気が付いた。俄然、何処から掛かってきたか気になりだした。平行世界と混線したのだろうか。
戦争といえばうちの学校ではあいかわらず構内の森林からあらわれるゲリラに対抗するために軍事教練をしている。毎週、誰かが行方不明になるが、単位は確実なので人気は高い。昨日のワスレナグサももしかしたらうちの敷地から下水をとおって逃げ出したのかもしれない。うっとりと電話の余韻に浸っていると、目覚し時計が鳴り出した。
地下鉄で座っていると、向かいの席にいつか愛した人がすわっていた。どうしていいか分からず、石のようになった胸を持て余してすわっていた。すると、地下鉄がいきなり止まって、車内では彼女がいきなり立ち上がってピストルを差し上げ、こういった。「この列車は乗っ取ったわ、みんな降りて!」
言われるとおりに列車を下りると、トンネルには横道があった。みんなそこで点呼を受けていたので、その隙にぼくは支道へと潜り込んだ。暗い中をしばらく歩いていると、地上へのはしごが見えた。マンホールを空けると、そこはちょうど、Fの部屋の浴室だった。彼女は静ちゃんばりの落ち着きで、「どうしたの?」と聞いた。ぼくはとりあえず上げてもらうと、事情をくわしく説明した。Fはぼくがむかしいた劇団の事務をやっていたひとだった。
タオルを借りてFの部屋を出ると、ぼくは、急いで喫茶店をさがした。もう時間がなかった。今日は、じつはサークルの小説の締め切りだったのだ。予定が駄目になったので、途中で仕上げてしまわないといけない。ワープロをひらいて、ぼくは打ち始めた。すると、喫茶店には旧知のマグロのMが入ってきて、「お互いいつもどおり駄目だねえ」という視線を交わしあって、かれは離れた席についた。原稿が終わり近くになったころ、誰かのラジオからニュースで彼女がつかまって射殺されたというのが聞こえた。携帯がなって、ちょうどその彼女からだった。「いくじなし」「ただの言葉さ」「信じることは、あったわ」「告げたかったんだよ」店を出てぼくは原稿をコンビニからファックスし、ついでにバイト情報誌でメモしていた、家庭教師センターに登録の電話をかけた。
6/6 きまぐれっていうかもう何というか
今日、Kさんがここんとこ何をしていたか分かった。
順を追って話すと、まず、朝いちばんでぼくはそろそろ払わないとやばい電気代を払いに出かけた。それも、Kさんに見つかるとつらいので払暁にまぎれてコンビニへと走ったのだった。その帰り道、この途中には橋があって都心へとながれるささやかな川があるのだが、ここを何気なく見るとKさんがその川の中にいるではないか。思わず挨拶をすると、Kさんはぼくを手招きした。
苦労して下まで降りて聞くと、Kさんはにこりともせずに釣れないのよね、といった。どうやら水道管工事のとき以来彼女は地下水に興味を持ち出したらしく、どういう経路からか、特殊な種類の魚が住んでいるに違いないと概念するようになってしまっていたのだった。しばらく静かだったのは、書物で研究していたのである。
あきれたぼくが釣れるわけがないし釣れたとしてもそれはおそらく放流されているのだからやめたほうがいい、と訴えると、Kさんは、いいやそうではない、わたしは地面の中のさかなが見たいのだ、と主張した。
いい加減朝でもあり腹が立ったぼくはそのまま立ち去ったのだが、やがて午後になってもKさんは戻ってこなかった。気にしながら、学校に行くと、Nが教室の入り口で待ち構えていて、***さん、遊びましょうよ、というのを振り切り、部室に行くと、Aが、ミスコンに出る! などとたわけたことを言い出していた。もう書類は出してしまったらしい。原稿は届いた? ときくと編集担当のCは届きましたよ、とにやりとした。
部屋に戻ると、Kさんはもう帰っていて、ぼくに明かりで気が付いたらしく、呼びつけた。出されたのは見事なさかな料理だった。イタリアンだ。
「どうしたんですか?」
と聞いたら、Kさんは、
「買ったのよ」とけろりといった。
「地下の魚がほしかったんでしょう?」というと、
「ええ、だから、地下のさかなを地下のお店で買ったわよ、マンホール降りて」
と、答えた。
6/7 耐えがたいことなんて何回もあったけど
夢を見た。内容は覚えていない。ただ、何かを、失った夢だった。
誰もが望むものはきっとそのひとが生まれたとき、あらかじめ奪われたものなのだ。何かをひとは余分に望むのではなく、ただ、抗いがたい渇望のはげしさとともに、欠如をうめようと願う。しかし、内部から漏れ出すゆるやかな絶望が完全に癒えることはない。
朝、学校に行こうと準備をしていると、ドアをたたく音がした。流しの脇の窓から顔を出して確かめると、電話会社の集金人だった。払えない、とぼくがいうと、意外に素直に、あきらめて、ため息をついて、それでも、という感じで何かパンフレットをかばんから出してきた。一ヶ月、志願すれば公共料金の借金がすべてちゃらになる、という話だった。ペンギンとの内戦(まだ**地方ではつづいているという不確かなうわさは聞いたことがあった)に、いま若者の政治離れのせいもあって、こういう措置が出たのだ、とかれはいった。ぼくが命の保証を問うと、かれはあるもんか、と急につぶやいた。選挙前に、こんなことしてて大丈夫かよ、とぼくがいうと、知りませんよ、といって集金人は帰っていった。
Fのことを考えた。彼女のことはたしかにぼくは忘れたはずだった。忘れるという言葉の意味をぼくはきちんと理解しているかどうかはわからないけれど、ひどく、あいたかった。どうも、ぼくの考えの流れはでたらめだな、そう考えながら、改めて部屋を出て廊下をすぎようとすると、Kさんの管理人室から、どたどたと、象がころがるような音がした。思わず、何の騒ぎかと聞こうとすると、ドアがあいて見えたのは、レオタード姿のKさんだった。「なにしてるんですか?」
「ダイエット」
Kさんはそんなに太ってはいない。ありていに言って美人なほうだ。それがこういう真似をしているのは、なんと言うか、あられもない。だいたい、なんでいまさらエアロビなんだ。きつく抗議をして、ぼくは街に出た。
駅までの途中に公園があるのだが、そこに今朝はどういうわけか猫が何十匹も集まっていた。そのうち、ぼくは一匹に、見覚えがあることに気がついた。何だろう。考えて、やっと思い出したとき、ぼくは涙をこぼしていた。
そうだ、かれは、ぼくがかつて愛した人の飼っていた、猫だった。
ぼくは思わず駆け寄ろうとしたが、そのとたん、猫たちはさっと散って、ありとあらゆる周りの溝やマンホールやトイレから、地下へと潜ってしまった。
6/10 はたしてわたしは何をしているのか?
ローンの催促が今日、手紙で届いた。
非常にブルーである。間接的に威嚇されている、わたしだ。
そんなこんなで、抑鬱している。
お金は、何とか、ある。しかし、それでいろいろ犠牲になる。
何でもないことのようでもある。それだけが重要なようでもある。
学校では、電算教室で、席を離れていたら、長期離席禁止の紙をはられていて、そのあと係りのひとに、たいそう怒られた。物事は、うまくいかないものだ。
Kさんに、また家賃を待ってくれというのもひどくつらい。
なんて駄目人間なんだ。
考えてみれば、駆除会社のバイト代も、あっという間になくなったし、家庭教師はまだ初日はだいぶさきだ。また殖えたかな、ワスレナグサ。
ぼくはいったい何をしているのだろう。
落ち込んでいると、知り合いに電話をかけたくなる。電話はとまっているのだが、携帯はまだ生きているのだ。ついでだけど、携帯、可愛い。基本的にエッヂなわたしだが、i−modeにも憧れており・・・
Gさんに電話をしたはずだったが、かかったのは別のところだった。
「もしもし?」
「・・・・・・」
「Gさんですか? もしもし?」
こたえがないので、携帯の表示を見ると、GODと出ていた。
ひとつ違いで神様にかかってしまったらしい。
「ああ、ごめんなさい、間違えました」
「・・・・・・」
赦してくれたらしい。まあ、それが彼の仕事だし。
「そういえば、ついでなんですけど、いいですか?」
「・・・・・・」
「どうして、子供たちはあんなに泣いているんですか?」
「・・・・・・」
「製造者責任はどうなってるんですか? ぼくはもう沢山なんです」
「・・・・・・」
「ああそれから、もうひとつ、どうしてひとは夜を経験しなければならないんですか。不眠症で、だいたい、夜になると、愛する人が、異常に孤独な声で歌うんです」
すると、はじめて返事があった。
「******」
「え? 本当なんですか?」
もう、電話は切れていた。
ぼくは、なんとなく、晴れ晴れとした気分になって、夕方の商店街にふらりと出かけた。
夕焼けが滅亡のようにうつくしかった。
6/11 落下する そして、 海に出会う
急に、Aが、海が見たい、と部室で言い出した。ちなみに彼女はミスコンには書類で落ちたらしい。こんなことをこんなところで書くと彼女は怒るに決まっているが、仮名だからいいでしょう、ね、Aさん。みんなだれていてやる気のない梅雨気分だったので反応はほとんどなかった。
ところが、じゃあ、行こう、とNが言い出した。卵のことももう最近ではおくびにも出さない。Nはだいたい変なやつで、毎朝、腕立てふせをしているのだそうだ。目的がわからない。でたらめだ。かれは早速、Aと二人で立ち上がり、当然のようにぼくに言った。
「さあ!」
東京湾まで鉄道とバスを乗り継いでいくのは、そんなに大変なはずはなかった。少なくとも、理論的には、そうだったのだ。困難は、Aが海にどうやら嫌われていたらしい、ということだった。軽い気持ちで電車に乗ったとき、彼女はぼそっと、これまでの彼女と海との関係を告白したのだったが、それは先行きを悲観させるのに十分だった。彼女と海とが出会ったのは、十年前、まだいたいけな少女だった彼女は、海を見るなりおびえてしまい、思わず、泣き出してしまったらしい。そしてそれだけならまだよかったのだが、彼女の兄がそれに憤慨して、海に向かってばーかといったらしい。以来、彼女が海に近づくと、海はどこかに隠れてしまい、どうしても彼女は海を直接見られなくなってしまったらしいのだ。
逃げ水のような海を捕まえる。それはひどく困難だということを、葛西臨海公園に着いたぼくらは実感させられた。海岸にやってきたとたん、海は沖に逃げてしまい、だだっ広い砂浜のまえでぼくらは唖然としなければいけなかった。
Nは声を張り上げて海を説得し始めた。日も落ちてくるし、困惑した表情のAを前にして、また、いつもの憂鬱に落ちようとしていた。
と、思いついたことがあった。そうだ、ぼくらの体の中には、単細胞生物から受け継いだ、もうひとつの海がある。彼女のなかの海に呼びかければ、海だって和解してくれるのではないか。
「涙だよ、A!」
それを聞いて、Aは、すぐに涙を零した。その涙をぼくは瓶に詰めて、海に近づいていった。そうして、海に涙を投げ込むと、海はしばらく悩むように波立ち、そして、大きな波となって、Aのところへ打ち寄せ、彼女の足を洗った。何ともいえない、恥ずかしそうな表情で、彼女は笑った。
ぼくは、なんて世話のやける奴らだ、と思った。
6/29 そしてインドから帰ってくると・・・
サイババは意外と小柄だった。麻薬と偽られて雑草をすぱすぱ吸うはめになった。
そんなこんなでインドから帰ってみると、Aはアル中になってるし、Nは行方不明。
世の中、有為転変だ。Kさんはあいかわらず無駄な間抜けさと、余計な色気とが、いいかげん極まるわりあいで混じりあって、にこやかに管理人を継続している。
選挙も知らぬ間に終わってるし。
Kさん曰く、「まあ、だいたい悪い方にころがってるわね」とのこと。
帰国の御報告にせんせいの自宅を訪ねる。
郊外の駅前商店街のなかにある雑居ビルの一郭がせんせいのおうちだ。
なんか廃墟みたいなうちっぱなしのコンクリートの階段を歩いてくと、いやあな音がして来た。地の底から沸き起こってくるような、「ごとーーーちゃーーん」という。
恐い。もしかすると狂信的なモーニング娘。ファンが。
その階も通り過ぎ、せんせいの標札のあるドアを見つける。とんとん。
出て来たのはせんせいだが、なぜ、ハンテン。
「じゃあ、オセロでもしていきたまえ」
このまえ、アルバイトを世話していただいたお礼も云う。
オセロをしつつ、しばらく、インドと日本の政治について、あつく語る。
帰ると、Nがぼくのドアの前にずぶ濡れでたっていて、こういった。
「***さん、ニュースみましたあ?」
一緒に部屋に入ってテレビをつけると、八丈島でゴジラがあばれていた。
ぼくらは顔を見合わせ、
ふう、とため息をついた。
なんだかねえ。
And So on.....We live this world with love and luckey!