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Drifting Antigone Frontline

トラックバックについて

2003/03/20 05:34 JST

まったく一般性のない話。ぼく個人についての話である。ある用法。想像。誤字いっぱい。

 議論を一覧するとかではなく、追う。それもべつにずっと追う必要はない。
 へーと、トラックバックがあったらその記事を見るくらい。それ以上さらに次の記事なんて見るもんか。
 そういう便利さで、そのページにまたトラックバックがあってもべつにそのとき見る必要はなくて、
 そのうちそのページを見るときがあったら、気になったら見る。
 一覧への欲望は僕にはない。そしてそれで十分。だいたい頭のなかでゆるくつながってるんだから、
 忠実に順番どおり追ったり、全体を見回す必要なんてないし、そんなことしたら、疲れる。
 というより、ネットでの議論に鳥瞰的展望は似合わない。
 話題だって微妙にずれたり戻ったり前後したりするんだから。
 だからむしろ、これは、前言を翻して、返信通知とかスレッドというより「近傍」情報。
 ほかのひとは関係言及を網羅しようと思ったりしてるのだろうか。
 
 リファラでは不便なのはひとえに不確実だから。ぼくはすぐにリアクションがほしい。
 だからリアクションしたぞと確実に伝えたい。リンク元なんて相手は見てないかもしれないしうずもれてるかもしれないし、だいいちそのためにリンクをクリックしたくない。そういう不確実さに依存したくない。リンクはひとについての情報で、サイトについての情報ではない。リンク元表示はそれをリンクした人という循環ループのせいで、むこうにいっさいこっちへのリンクがリンク元表示しかないのにこっちにリンクもとが表示されることがあってそれがかなりいらつかせられる。

 そしてリアクションがすぐ知りたいということは、あいてがリアクションしたらすぐ表示されるようにしてほしい。自分だけ知らないのはいやだ。だから、トラックバックを飛ばしてほしい。なにが素敵なのといわれてもあまり思いつかないのはむしろぼくにとってプラスアルファ機能としてではなく必要(あってもうれしくはないがないとなんか嫌、不便)なものとしてとらえられていたからだろう。そういう意味では日記ツールで改行のbrだけはさんでくれる機能というような、地味だけどないとすごい不便な機能と似てる。

 じっさいトラックバックは実はだれにおくるかというほうがちょっと考えてしまうことがある。その辺の話題へのリアクションで別にだれへというわけじゃないしということがあるからで、そのへんからいっても近傍情報。通信の規格だと思うので通信さえできれば実装は別にどんなでも変わらないと思う。そういう部分までふくめてひろまればいいとはぜんぜんおもわない。要はテキスト庵をp2pでやってるだけで、p2pなんだから一覧しなくていいとおもうし、スレッドをきちんと順々にあまさず読みたいというのはじつは邪道だと思う。

 同じことをやるにはいくつも経路があっていい。別系統のトラックバックがひとつの記事に合流したりするだろうし。みのがした記事があっても、べつの話題の記事でその記事面白いよ、って書いてあったら、見に行けばいい。みんなそうしてるだろうし。「この話題、もう一記事、いっとく?」 ていうふうにトラックバックの受信側の表示をすればわかりいいかも。

 もちろんそういうことは記事の書き手が文中リンクでやるだろう。しかし文中リンクは、この話題の記事、これも読んでみな、というリンクばかりではない。いろんな内容の、多様な参照をするためにリンクはあるので、しかも関連記事は著者のセンスだが、トラックバックはそこに他者が暴力的に介入する。しかしその亀裂が対話の端緒のはず。

 ぼくはコメント欄もリンク元も使うし、リンク元ははじめてみたアドレスは誰だろうと見に行く。そういう用途ではリンク元は大変便利だ。基本的に監視装置だから。コメントはちょっとした修正や、その記事についての即席のちいさな感想をかわすのも、雑談にもいい。だがいままで書いたようなことはできない。ないとある種の人々だけはこころのどこかでちょっと不便だなあと無意識におもうけれども意識化されない程度、そしてあると、あ、これはないと意識的に不便を感じるだろうなあと自覚させるもの、その程度のもので、それで十分だし、サイトのたいていの追加装備はそういうものだと思う。

 はてなの使い方なんかを見てるとむしろ、「よお」っていう挨拶という感じがする。トラックバック返しなんて言葉もできて(まあそれは要約を送らないからだけど)、要するにあれ読んでちょっと書いたからね、へえそうなんだ、という感じ。そういう使い方だとなれあいっぽく見えるかもしれないけれど、まったくの他人同士でもいわば「今回貴殿の書物を拝見しまして云々」みたいな。nice to meet you! 関心空間的な出会いの側面はこの辺なんだろう。

 芋づる式に読むサイトを広げようというときリンク元を使うのはちょっとだけ不便。リンク集を使うのはいいけど、もっと限定してこの記事をキーワードに、ということ、pingを飛ばすことで仮想的にひとはある雑談の「場所」へ「寄っていく」のかもしれない。つまり二三のサイトがある話題で応酬しているとき、そこには仮想的な「場所」ができているんだ、という見方もできるわけで。ただし二秒で離合集散。

 そういうイメージを描くことも、可能かもしれない。仮にね。

  1. もちろん、コメント欄というのは汎用的なものなので手動でどのようなものであれトラックバックと同等なことはできる。それはまったくそう。ただ、それはコメント欄でRPGだってできる、というのとちょっと似てる。機能は制限することによっても誕生する。

    Comment by jouno — 2003/03/20 @ 2003/03/20 05:52 JST